キャプテンアメリカはここに

ADHDのアメリカ人の旦那と、息子と私の3人家族の日常

息子今日から保育園|お迎えの際にもやもやしたこと。そして泣きながら帰ってきたこと。繊細人間の初日


今日から息子が保育園に行きます。
成長が嬉しい。

うろちょろ挙動不審になりながら、周りの方のやり方を見つつ行動する。掲示物を見て指示にしたがう。

息子大丈夫だろうか。

集団に属したことがないので、そこが心配ではある。

保育園に置いて帰ってきた。初日は短時間。

2時間後にまたお迎えにいった。

普通はなんと言って入るのだろう。ありがとうございましたと言うことにした。

そしてクラスに迎えに入った。
がしかし、先生の反応が薄い。

???どうしたらいいものだろう?ととりあえず息子に声をかけた。迎えに来たよー!

後ろから他のお母さんも迎えに来た。
メインの先生はその方には反応した。

そして、こちらへどうぞーと、そちらのお母さんを誘導、お話しをされていた。

私は息子に声をかけた。
サブの先生が私と息子に声をかけてくれた。
息子の様子を話してくれた。

楽しかったねーとかなんとか。
新幹線で遊んでいたと教えてもらった。

息子の相手をしてくれていたが、連絡事項等及びそれ以上の会話はなかった。

この時点ですでに、メイン先生からスルーされた???と傷ついていた私。繊細。笑
動揺したが、うろたえていない風を装う。装えていたかは謎。

息子は私を見ると、帰りたくないと癇癪をおこしはじめた。ものすごい剣幕で、どたばたする。しんどい。
周りの子がうるさいーと話しかけてきた。ね。帰りたくないみたい。うるさくてごめんね。

先のお母さんはお話も終わってお子さんと帰られた。

それでも、メインの先生は私のところに来なかった。

あ、もう帰っていいのかな?と思ったので、
サブの先生にお尋ねしたところ、いやちょっと待ってくださいねー、と言ってメインの先生の方をみた。

やっぱりメインの先生がきてくれるんか。良かった。

でも、

来なかった。笑

他にもお迎えに来たお母さんがいらした。

初日で少し戸惑っているご様子。

このタイミングで息子、いやいや言いながら教室から駆け出す。

だっこをして教室に戻った。
サブの先生はずっと息子についてくれている。ありがたい。

他のお母様も帰られた。

サブの先生がメイン先生に聞きに行ってくれた。
そしたら、メイン先生が来てくれた。

少しの説明。

態度は、

普通だった。恐らく。

みなそれぞれ事情があるということは理解している。自分の狭い視野だけで物事を思い込んではいけないことも経験から分かっている。

メイン先生はサブ先生にやってもらいたかったのかもしれない。メイン先生、忙しそうに子どもたちと何か準備されていたから。

今日見てくれていたのがサブ先生だったのかもしれない。

いや、やっぱり息子の癇癪が酷くて、あまりかかわりたくない、転園してほしいと思ってるのかも。(極端)

息子はあまり良いこにしてなかったのかも。

まだ、ぎゃんぎゃんさわいでいる。


でも、実際保育士の先生は大変だろうな。親の自分だって手をやいているんだから。他人の子どもに嫌だ嫌だ言われたら、先生たちも嫌だろう。

でも、個性を大切にするって書いてあった。

いやいや、わたし考えすぎ。

気にしいはつかれる。

帰りたくないだとか、いやだとか延々と言っている息子をだっこして、無言で帰路につく。

ぎゃあぎゃあいつまででもなきわめいている息子。

帰り道の途中で泣けてきた。

なんでスルーされたんだろうと。
息子の行動がひどすぎた?わたし何かしてしまった?態度が失礼だったかな?何か他のお母さんに事情があったのかな?サブ先生にお願いしたかったのかな?息子はADHDASDの可能性ありなので、サブ先生がみてくれるということなのかな?

???

家に帰ってから泣こうかと思ったが、

息子も泣いてるし、誰にも会わないだろうから、もう我慢もできないし、泣いた。

二人で泣きながら帰ってきた。

そういうときに限って、マンションのエレベーターで人に会う。

ご挨拶が涙声。

お隣のおじいさまとも元気にご挨拶したかったのに、声が震えている。

(会いたくて、会いたくて。笑)

悲しい。

これは繊細すぎるのだろうか?
普通なのだろうか。生きるのって辛い。

息子くん明日から大丈夫かな。楽しく笑顔で毎日を過ごして欲しいな。

パパに話すと、考えすぎだよとフォローしてくれた。
そうなんだろう。

時間がたつとそう思えなくもない。

あしたからも頑張れ息子!そして自分。

キャプテンから電気代の無駄を指摘されました


小規模喧嘩勃発

タイトルの通り。

ご飯を炊いて、炊き上がった後に米放置でずっと保温しているのは、

ウェイストオブエレクトリシティー

だと。

あ?

それはそう思う。

思いますとも。

だが、

どの口が言うねんーーー!

そしてどの口が言うのかと思った事象には必ず言い返すママキャプテン。

冷房の温度を18度にするパパ
暖房の温度は30度のパパ
トイレの電気は用が終わっても消さないパパ。風呂の電気もこれ同じ。

うちの電気代が高いのは、年中無休で冷暖房がついているからだと思うのですがああああ。

いかがでしょうかああああ。

冷暖房も、トイレも風呂もいろいろの電気を全て、

長らく格闘した末に諦め

「まあ、ええか。死にやせん。」

と流して生きているのは私ぞ。

1日、たった1日
滅多にやらぬ、米を数時間放置しただけで

「言っとくけど、米を温めとくの電気の無駄よ」

とはなにごとー?

さすがにそんな言われたらかっちーんくるで。何様やで。

すかさず言い返したわよ。

あんたが言うか!?
ぎやーぎゃーぎゃー

騒いでいたが、パパは真面目に取り合わない。

そう、私言いたいだけだから言わせとけばいいんよ。

パパはよくわかっている。

息子、ママがパパに怒っているのを察して、ママの味方について、ぱぱに物申してくれた。

なんてかわいいの、我が子。いいぞもっとやれ。

さんざん言いたいことを言ってすっきりした。

パパは笑っている。言い返してこないパパ。

ここで売り言葉に買い言葉にしないパパは大人だな。ありがたい。

スッキりして終わった。ありがとうございます。

アメパパのつくる晩ごはん


塩辛い。

と何度も伝えているのに、毎度辛いのでしんどい。

でも作ってくれている手前、言いづらい。

よってブログに愚痴を投下する。

国際夫婦あるある

ご飯が口に合わない。

塩かけすぎなのよ。
スープ?胡椒の味しかしねー
揚げ物すきやねー(男女差か?)

醤油好きじゃないかもーとか言われる。
おみゃー、それ日本食の基本よ。

奴ら、ピザにコーラを晩ごはんにするのよ。
ガチなの。

ピザってほぼ小麦粉じゃね?
チーズにお肉と野菜もパラパラのってるか
それでええの?

白米めっちゃ食う野球部みたいな感じ?
カロリーいるからね。

栄養とれそ?
そう?ふーん。

でも、せっかく晩ごはんつくってくれるようになったのにそこがなくなるのは、私としてはげせぬ。

私が買ってくる肉がいつも同じで
飽き飽きしているとパパにあおられて

じゃーもう肉は二度と買ってこねー!!
と宣言してから3ヶ月くらいたったかのう
(自分と息子の朝昼用には買う)

そんなこと言われたら
もう肉は買えないよね。

はー。ジレンマだわ。

家事も育児もほとんど私がやるのに。
パパはテレビみてごろごろしてるのに。

晩ごはんがまた私の負担に戻るのもなー。

塩辛に蝕まれるよりかは、
お総菜とか宅配弁当とかの方がいいかなぁ。

パパはよく美味しい料理をつくってくれるけど、

最近飽きたのか、

冷凍食品をチンして出してくる。

塩辛のオンパレード。略してシオンパ。

買い物いきなよ。スーパー巡り好きじゃん。
外に出なよ。

毎回毎回私にあれ買ってきてこれ買ってきてって言わないでよね。

文句は言わずに買ってくるけどさ。

溜めすぎてもしんどい。

遊んだ公園の帰りに子どもを連れてスーパーに行くの、しんどいのよ。

いろいろしんどい。

また大喧嘩しそうな予感。
定期的に爆発ボム。

自分にasd自閉スペクトラム症の傾向があると気づいたのでこれまでの自分を振り返る


自分にasd傾向があると気づいて自分の過去を振り返ると、面白いくらいに文献にあるasdの特徴とかぶる。

自分が何者だったのか、ようやく分かった気がした。

今日は〇〇さんみたいに振る舞おう。
〇〇さんならこうするかな。
〇〇さんはいつも物静かでかっこいいな。
私もそうしてみよう。

文にして読むと、泣けてくる。

辛かったね。

どうしたら人と上手に関わることができるか分からなかった。

小さい頃は、いつも同じ色の服を着ていた。

好みは決まっていたので、家族で買い物に出掛けても、服選びはいつも早かった。

そういえば、父も早かった。

さっさと選んで、姉があれこれ悩んでいるのを父と同じ側でみていた。その空間は心地よかった。

色付き始めた姉に、

またその色?そればっかりじゃんー

そう言われたことがあった。

派手な色の服をかった。

似合わなかった。

学校で、友達から新しい色の服をきてきたことを驚かれた。

2回だけ着た。2回目には、習字の墨で汚したらもう着なくていいだろうと思ってわざと汚した。悪いやつだ。

外食のメニューはいつも同じものを頼んだ。
おいしいと知っているから。
他のメニューを見ても食べたいと思わなかった。

あまりにも同じメニューばかり頼むので、母からも他のものを食べてみるようすすめられた。

カレーにした。
カレーは食べたことがあったから。
カレーの味は知っているから。

多感な時期には
家族の誰も、私のことをわかってくれないと夜な夜な泣いていた。
自分自身も誰かわかっていないので仕方ない

先生たちからは返事だけはいいと評判だった
あんたは返事はいいんだけどねー
といわれた

職場でも、聞いてないよねー
と先輩に笑われたことがあった

気にしてなかったが、(気にしよう)
言葉が右から左に抜けていたのね。

本人には聞いていない自覚はないからややこしい

記憶力がいいことで勉強はまずまずだったができた
運動神経も良かったので
自分はオールマイティーにそこそこ出来るやつだと
勘違いをしていた。

姿勢が悪いこともasdにみられる。

視線恐怖症も。
向こうから人が来るとどこに視線を向ければいいかわからない。
それが知り合いの場合、どの程度近くまで来たら顔を向けて声をかけたらいいのかわからない。

集中力の高さは感じていた。

普通であろうとし人をコピーする。
自分はどれでもない。

没頭するといつまででもやる。
寝食を忘れる。

温度変化に鈍感。
寒くても対策をするのが面倒で寒いまま過ごす。
暑くても脱ぐのが面倒なので脱がない。

月曜は鶏肉
火曜は豚肉
水曜は魚
固定したがる。

めんどくさいが口癖。

電話が苦手。

一番苦労したと言えるのは、すぐ飽きるという症状だな。今思えば。

これが飽きているということなのか。と最近分かった。

飽きた状況に対処する言葉をもたない。コミュニケーション能力を持たない。

退屈になったら、無理に笑って元気を出せばいい。そして、相手を不快にさせないことに注力して退場すればいい。学んだ。自分の特性をやっと学んだ。よかった。

成長とともに社会性を身につけるとある。
たしかに、ようやく人とのかかわり方に光が見えた。

人と深く関わってはならない。

切ない人生だな。

人と関わるのが苦手だから、積極的に関わらなくていいと分かったことは大きな収穫だ。

わかって良かった。
息子に同じ思いを抱かせたくない。

誰もわかってくれないと悩んで欲しくない。
どうか傷付かないで。

父もasd傾向にあったんだなあ。

父は中学の頃に、夢遊病の症状があったと聞いている。それもasdにみられることがあるそうな。

わりとやんちゃな思春期をすごしていたようであった。

私は父のことをあまり知らない。

ほとんど話したことがない。

いつも恐怖で押さえつけられて、
私のいうことなど何も聞いてもらえなかったと思っていた
父のいうことはいつも絶対で
いつも怒られていた記憶

父も自身のルールが子どもに崩されるのが嫌だったんだろう

自分が「こう」だと思ったことが
「こう」ならないのが許せなかったんだろう

だけど

お酒を飲むとにこにこの父が現れて
にこにこと相手をしてくれた

父の背中に乗って
足踏みでマッサージしたの、楽しかったな。

父のにこにこ笑った顔、簡単に思い出せる。


最近のわたし、文章を読んでも頭に入ってこない現象が起こる。

薬の影響もあるんですかね。

魚という漢字が、魚に見えない現象も起こった。
角煮と検索したのではない、と思ったら
ちゃんと魚だった

怖い。

うちの父は認知症の診断を受けている。

その始まりは恐らく自閉症の症状だったに違いない。

私も将来そうなるんだろう。怖いな。

新たなる発見!ままキャプテンも発達障害の傾向がある模様

このブログは

adhd夫はこんな感じで
・その妻はこんな悩みがありますよー
・こんな夫婦がいますよー
・育児ではこんなことがありますよー

といった日常を発信していくという目的で始めました。

夫のAdhdは結婚後に知りました。一緒に暮らすようになって、

お酒のんでべろべろだし、
やたら部屋を汚すし、
頼んだことはやっちゃくれないし、
やらなければならないことにいつまでもとりかからないし、

(書きだすとついつい長くなりますね、すみません)ということが起こり始めました。妻が何度言っても、ごめんで終わる、もしくは、あとでやるよー!とかわされ、いつまでも改善されないということが多々起こりました。

訳のわからない妻は、疲弊していきました。こんなことでは、あんたとはやってけないわと話をしたところで、夫から「adhdだから、無理なもんは無理で、できないことはできない」と言われました。

Adhd

聞いたことはありましたが、私にとってはテレビの中のものでした。現実世界で出会ったことがありませんでした。

衝撃でした。夫が発達障害だと?

そこから図書館に通い、adhdの勉強をはじめました。

そこでカサンドラという言葉もみつけました。わたし自身、カサンドラになっているんだろうと、パパがadhdで通っている精神科で話を聞いてもらっていたこともあります。(今は近くの病院に、薬を貰いにいっているのみですが)

Adhd夫に悩める妻たちに、なにか情報があったら参考になるのではなかろうかと、始めたブログでした。


Adhd夫をもつ女性のブログに初めて出会ったときは、共感の嵐で、読みふけりました。やっと見つけたー!と大変嬉しかったことを覚えています。

そして、読み進めていくと、その妻の方の特性が私と被っていると思うようになりました。その妻の方はAsd傾向にあり、Hspとのことでした。

その後にも、また新しく、別のadhd夫とasd妻の方のブログを発見しました。

Adhd夫にまたasd妻...。

まさかよくあるパターンなのか。

Adhd夫に悩む私はもしかして。

もしかして、asdか?

調べました。

それまでの私は、
Asd?なんぞや。自閉傾向?なんぞや。
という状態で、この言葉は自分には縁もゆかりもないものでした。

家系にはいませんが、自閉症の子を知っているので、なおさらでした。

しかし、調べて出てきたものは、まさしく、自分のことでした。ははーん!

まーっさか、自分が発達障害だとは、
まーったく、気がつきませんでした。

診断を受けていないので発達障害ではないか。

ついでに算数障害的なやつもあると思われました。
理系科目が壊滅的にできず、理系から文系に移った過去があります。


生きにくさはなんとなく感じてきましたが、今思えば、周りに助けられ、恵まれたことで、幸いにものらりくらりと生きてこられたということでしょう。周りはさぞ大変だったろうな。すまん、みんな。
(クラスメートの中にはおそらくあのこもだなーという人がちょいちょいいます。仲良かった子に連絡とってみよう)


大人の発達障害の初診は30代がもっとも多いそうです。社会に出るも不適合を発症し、悩む年代とのこと。

前職場で適応障害を発症したのですが、悔しいので言っておくと、おそらく私のボスも発達障害傾向ありだったと思います。

あそこは、わたしが不適合だったから適応障害を発症したのではなく、やめた人は数知れず、体調を崩した人も何人もいたところだった、というところは譲りたくないところです。悔しいので。笑

やめていった人たちと比較して、わりと長めに勤務できた自分は、おそらく今思えば、asd的要素でいうところの、変化を嫌うところからきていたのではなかろうか?しらんけど。


さて、わたしにasd傾向がありますということがわかったところで、したらば、カサンドラを患っているのはわたしではなく、うちのキャプテンなんじゃね?という考えに及びました。

adhdの人って、人に優しいし面白い。
心情を理解してくれるし共感力が高い。
しらんけど。

冗談を言っても妻に通じない、話をしていても共感が得られないと悩んでいたとして、加えて日本にいて孤独でこれまでどうしようもなく不安だったとしたら?それで鬱を悪化させていたとしたら?ほんと申し訳ない。

そして、妻としては自分がasdだと(ではない、まだ)伝えると、どう反応されるのか怖い。難しい問題だ。でも夫婦に隠し事はよくない。いつ言おう。怖いぞ。

夫がわたしに出会ったときのことを、心が静かになる感じがした、と表現したのですが、

言われたときはいまいちピンとはこなかったのですけれど、考えれば考えるほどに美しい表現ですね。

何かを感じたんでしょうね。納得です。

私も同じように生きづらさを感じてきた、発達障害だったよー!!(ではない、まだ)

人というものは、出会うべくして出会うのだなあと、つくづく、世の中はうまくできているなあと、感慨深い日々です。

パパに出会えて良かった。

ほんと、文章を繋ぐのも下手で、言いたいことがよくわからない。

これもあるある。


キャプテン家 の まま は、ままキャプテン の称号をえた!(トゥルリン←効果音)

マイナンバーカードを拾ったので交番にとどけた

息子と電車に乗って公園に遊びに行きました。

遅くまで遊んで、何度促しても帰らないとごねられ

叫ばれながらも交渉の末にやっと抱っこで駅へ向かい

電車では、席が空いていても着席を拒否し

抱っこで立たされ(鬼)

さらにその途中で寝るといううちのちびキャプテン

そのくたくたの帰り道に、

マイナンバーカードが落ちているのを見かけました

一度は通りすぎました

3歩歩いて、

考え直して、

拾いに戻りました。

息子が寝ていて重くて一瞬迷いましたが、

落とし物がいつも無傷で帰ってくる優しさに触れている身としては、

落とした人は困っているであろうから、

素通りするわけにはいかない

息子が落ちないようにバランスをとって片手でカードを拾い

すぐ近くの交番にとどけました

交番の扉がまたカードを持っている片手では簡単に開かないという。

正直、書類書くの面倒なんだよなーとも思ったし

疲れて寝ている息子を話し声で起こすのも嫌だなーとも思った。

でも、きっと困ってるだろうから、そこは困った側をよく経験する自分たち(おもに夫だがな)としては、放っておけないze。

個人情報なので名前も何も見ずにそのまま交番へ。

右手でだっこしていたので、利き手ではない左手で署名。下手な字でしたが、かけました。

マイナンバーカードって住所のってるから、確認してポストにでも入れとけばよかったのかもしれん、とも後から思いました。が時すでに遅し。

無事に帰り着きますように。

発達障害傾向が強く出てきたきがする


うちのむすこ。

友達と遊んでいても、急に遊びをやめて、他の遊びを始める。この他の遊びというのは、遊んでいる途中に目に入ったものである。

滑り台で一緒に仲良く滑っていたかと思えば、滑り台に上る途中に、乗ってきた三輪車が目に入ったようで、なにも言わず一目散に三輪車にかけよる。そして再び三輪車で遊び始める。

目にはいるものがなければ、気のすむまで延々と遊び続けることはできる。

お友だちと仲良く楽器で遊んでいたかと思えば、ふとした瞬間にまた視界に入ったようで、三輪車に向けて走り出してしまった。本当に急に。なんの脈略もなく。

ご飯もじっと座って食べられない。
じっと座って食べられたときはよく誉める。
でもまたすぐに席をたつ。

落ち着きがないなぁと思うことは多々ある。けれども、息子は息子だから、その特性を大切に生きてほしい。

集団で生きていく上で、辛い思いをし、叱られ過ぎて自信を無くすのかな。

パパみたいに、うつになっちゃうのかな。

だったらそんな集団になんか属させない。
楽しく生きてたらいい。


食べて寝てれば人は生きていられる。

食べるためにお金がいるなら、集団に属さなくても稼げるようにしてあげたらいいよな。


最近、自閉症のこどもの癇癪の動画を見た。どんなもんなんだろうと興味があって。

わたしの頭はパパがadhdだと知ってから、adhdのことでいっぱいだったから、自閉症は蚊帳の外だったのだけれど、ある方のブログで気付きを得た。

私自身も自閉傾向にあるのでは?と思うようなった。

それから、hspという言葉は前からあったけど、聞いたときに、あ、絶対自分これだなって、確認するまでもなく思うくらいhspだった。もう私がhspでなければ何?くらいの。

その動画で見た癇癪は、うちの息子が毎日やってるのと同じだった。え?これが自閉症の癇癪なの?うちの息子の方がひでえぞ。と。

パパが私に初めてあったときのことを、心が静かになる感じがしたと言ったのよね。

なにか感じるものがあったのは嬉しいのだけど、

発達障害者に通じるなにかが私にあったのなら納得。

私もパパの特性にはかなり惹かれている。


私は聞かれたことにまっすぐ答える。それは確かに。

目玉焼きを作っていた母親に、卵見ててと言われて本当に卵をみていて、火を止めていいものかわからず焦げたことがあった。見ててと言われたから見ていた。止めた方がいいのかな?でも止めたらダメなのかな?と悩んでなにもできず、焦げた。

おふろ見てきてと言われて、おふろ見てきたよー!も同じ。
でも、ただおふろを見てきただけじゃないのよ、一応悩むのよ。なにも考えずに、ただ見てきただけじゃないのよ、
ちゃんと悩んで、止めた方がいいのかな?あふれそうだな?どうしよう。うーん。
そして、おふろ見てきてって言われたから、見てきたよーあふれそうだったよー。そういう思考回路なのよ。

多分。違う?そしたら私もよくわからない。笑

コミュニケーション能力の不足は昔から感じていたな。

実は私も定型発達ではなかったのかしら。

でもなんとなく生きてる。